低分子はタンパク質とどのように相互作用しているのか?
ヒトのタンパク質の形がすべてわかってしまう時が、まもなくやってきます(この解説を参照)。タンパク質一個一個の形がわかると、タンパク質が細胞内外で果たしている役割がわかるとされています。それはちょうどオートバイの部品一個一個が手に入ったときに、それを組み上げるとオートバイを作ることが出来ることと似ています。しかし、各部品が何をやっていてどのように組み上げればよいのかがわかっていないと、つまり設計図がわかっていないと、オートバイをくみ上げることは結局出来ません。生命の設計図と言われているDNAには、タンパク質のアミノ酸配列情報は書き込まれていますが、各タンパク質がどういう役割をしており、どのように組み上がっているのかは、書き込まれていません。役割と組合せはすべて物理化学の法則(と初期条件)にしたがっているのです。
それならば、タンパク質の形がわかった段階で、そのタンパク質の役割(機能)がわかるはずです。タンパク質の構造にもとづく機能予測は、現在非常に活発な研究分野です。あるタンパク質がどのような分子とどのような配向で相互作用するのかをコンピュータを用いて知ることができれば、コンピュータの中で細胞を再構築することが可能になりますし、コンピュータによるドラッグデザインも可能になります。タンパク質とRNAとの相互作用予測については、由良研究室でも独自にすすめています。コンピュータによるタンパク質と低分子との相互作用予測は、簡単そうで結構難しいです。簡単に予測ができていたら、今頃、新しい薬の開発は飛躍的に進んでいたことでしょう。薬とは結局のところ、体の中で働いているタンパク質に結合して、その働きを阻害または促進する低分子ですから、目標とするタンパク質にどのような低分子がどのように結合するかをコンピュータで正しく言い当てることができれば、薬の開発は飛躍的に加速するはずです。
タンパク質と低分子との相互作用は、その原理は簡単なのですが、たくさんの原子が関与する相互作用であるために非常に複雑になっており、結局簡単にはわかりません。そこで由良研究室ではタンパク質に低分子がどのように相互作用しているのかを経験的に理解していくことを始めています。低分子と結合した状態で立体構造が決まっているタンパク質はたくさんあります。そのようなデータを集めたデータベースはすでに構築されています。その構造情報を集めてきて、いろいろな方法で料理します。どのようなアミノ酸残基がどのような低分子基のそばに現れやすいのか?タンパク質のどのような構造特徴を持っている部分にどのような低分子基が現れやすいのか?低分子が結合するとタンパク質は構造変化をするのか?などを新たなタンパク質低分子データベースを構築し、そのデータベースをもとにして調べています。
上の図は、核内受容体とよばれるタンパク質に低分子(点々表示)が結合している様子です。低分子のそばにあるタンパク質のアミノ酸残基は棒モデルで表示しています。アミノ酸残基が低分子を取り囲んでいることがわかります。低分子が入ってくるときには、これらのアミノ酸がぱたぱたと動くことが想像できます。
由良研究室における低分子との相互作用研究はまだまだ始まったところです。しかしすでに近隣大学の大学院生や本学化学科の先生と具体的な話しをすすめており、タンパク質と相互作用する新規低分子設計の夢をみんなで追いかけています。コンピュータを駆使して低分子を設計し、その低分子がターゲットのタンパク質とどのように相互作用するかを予測し、試験管の中で予測通りの相互作用が起こっていることを観測する日に向かって、毎日研究を進めています。