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2009年5月25日更新

タンパク質立体構造はどの程度までわかってきたのか?

 さまざまな生物のゲノム塩基配列を読み取ることができるようになりました。しかしゲノム塩基配列は4種類の塩基の並びにしかすぎません。ゲノム塩基配列に書き込まれている意味が「解読」できて、はじめてゲノム塩基配列を読み取った成果が現れます。「解読」の中で重要な位置を占めているのは、ゲノムにコードされているタンパク質の機能を知ることです。タンパク質は、三次元的な形を形成してはじめて働き始めます。タンパク質を構成する原子が三次元的に適確な配置を取ることで、酵素反応を触媒できたり、他の分子と正しく相互作用できたりするようになります。タンパク質の形は、アミノ酸配列が規定していますので、原理的にはアミノ酸配列がわかるとタンパク質の立体的形はわかるはずです。ゲノム塩基配列からアミノ酸配列は多くの場合わかります。ところがアミノ酸配列がわかってもタンパク質の立体的な形を理論的(物理学的)に求めることは、ほとんどできていません。原理的なことと実際的なことがまだまだかけ離れているのです。それならば、すべてのタンパク質の形を実測(タンパク質を構成する原子の位置座標を測定)してしまえばよいことになります。

 タンパク質の形の実験的測定は、簡単なことではありません。純粋なタンパク質をたくさん集めて結晶を作成し、その結晶に非常に強い短波長で位相のそろった光(強いX線)をあてます。結晶の後ろ側にたててあるスクリーン(現在では小さなカメラの集合体が一般的)に結晶内のタンパク質にぶつかって軌跡が曲がったX線があたりますので、その模様をもとにして、タンパク質の立体的な形を導出します。結晶はなかなかできないし、できてもきれいな模様が得られないことがしばしばです。それでも、すべてのタンパク質の形を、特に医学や生物学的に大切なタンパク質に重点をおいて、わかってしまおうとするプロジェクトが世界中ですすめられています。

 タンパク質の立体的な形をまったくのゼロから理論的に求めるのは難しいですが、アミノ酸配列が類似のタンパク質の形がわかっている場合には、その形を鋳型にして、類縁タンパク質の形をコンピュータを使って高い精度で求めることができます。地球上の生物は進化の産物であり、その生物を構成するタンパク質も進化の産物です。共通祖先由来のタンパク質はみな類似の形をとっていることがわかっています。このことより、すべてのタンパク質の形を実験的に決定する必要がないことがわかります。類縁タンパク質群の中で、少なくとも一つのタンパク質の形を実験的に決定できれば、同じグループに属するタンパク質の形は、コンピュータを使って導出することができます。世界中で行われているタンパク質の形を測定するプロジェクトでは、すべてのタンパク質の形をきめるわけではなく、重要な代表タンパク質の形を決めようとしています。ただし、コンピュータによる形の導出にはどうしても曖昧なところも出てきてしまいます。厳密な構造がどうしても必要な場合には、そのタンパク質の形を実験的に測定しています。

 プロジェクトが始まって数年が経過しました。それでは、ゲノムにコードされているタンパク質のうち、現在どの程度のタンパク質の形がわかったのでしょうか?プロジェクトで実験的に測定されたタンパク質のデータはすべてwwPDBとよばれる組織が運営する国際データベースに保存され、誰でもデータを利用することができます。そこで、長浜バイオ大学の郷通子先生のグループ、北里大学の梅山先生のグループおよび由良研のメンバーが協力して、実験的に測定されたデータとコンピュータによって推定されるデータをあわせて、何割のタンパク質の立体構造がわかっているのか、いつになればすべてがわかるのかを調べました。2000年と2004年に同一の調査を行い、それぞれの年でいろいろな生物のゲノムから推定されるタンパク質の形の何割がわかっているかを測定しました。その結果、真性細菌の水溶性タンパク質は2000年に約50%、2004年には約58%の形が明らかになっていました。古細菌の水溶性タンパク質はそれぞれ48%と52%、我々ヒトを含む真核生物では2004年に28%でした。4年間の増分を利用すると、非常に乱暴ではありますが、何年後に100%になるかがわかります。ただし、実験的には測定することが不可能であろうと考えられるタンパク質(さだまった形をある特別の条件以外では取らないタンパク質)もありますので、それらのタンパク質は計算から除く必要があります。その結果、下の図にあるように、真性細菌の水溶性タンパク質では、2018年に、古細菌では2021年に、真核生物では2031年には可能な限りのすべての形がわかります。膜と強く相互作用するタンパク質は、計算に含めませんでした。またこれから間違いなく起こるであろう技術革新は、もちろん考慮していません。ですので、ほぼすべてのタンパク質の形がわかる時は、この予測よりもずっとはやく訪れるでしょう。技術革新は驚くべき勢いで進んでいます。

 タンパク質の形がわかると、タンパク質の機能がわかる場合が多いです。厳密には、タンパク質の形からコンピュータを用いて機能を推定し、実験的に確かめていかなければなりません。タンパク質の形からコンピュータを用いて機能をできるだけ正確に推定する研究は、まだ始まったばかりです。タンパク質の機能予測は生命情報学の大切な分野です。

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