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2009年6月27日更新

ゲノム塩基配列からタンパク質の機能を予測する

 ある生物種のゲノム塩基配列が読み取られたことによって、その生物がもつタンパク質すべてのアミノ酸酸配列がわかるようになりました。これらのタンパク質立体構造も現在どんどん明らかになってきています。このような状況で発せられる質問は、ある遺伝子部分をゆびさしながら、「この」遺伝子にコードされているタンパク質は何をやっているの? ということだと思います。この質問に答えることが大変難しく、重要な研究テーマになっています。ゲノム機能予測とよばれている分野です。

 発せられる質問は、もうちょっと違う角度からの場合もあります。放射線にものすごく抵抗性をもつ微生物としてしられているDeinococcus radioduransが、なぜ放射線に強いのかはよくわかっていません。「どのタンパク質が放射線抵抗性にどのように係わっているのですか?」という質問に答えることができれば、いろいろおもしろいことがわかってくるはずです。熱にやたらと強い微生物として知られているThermus thermophilusが、なぜ温泉でも平気で生きていけるのかもわかっていません。「耐熱性はどのようにして実現しているのですか?」という質問に答えることができれば、これもきっとおもしろいことがいろいろわかってくるはずです。これらの質問に答えるための研究も、広い意味でゲノム機能予測に含まれます。

 由良研究室では分子生物学者と協力して、ゲノム機能予測に挑戦しています。今までの成功例としては、シアノバクテリアのゲノムに外来遺伝子取り込みタンパク質を見つけたことがあがられます。シアノバクテリアゲノムから推定された全アミノ酸配列データをコンピュータと研究者の目を使って見ていったところ、ある機能未知遺伝子にDNAのリン酸基と相互作用する可能性が高い部分構造(モジュール)を2個見つけ出しました。そのタンパク質には細胞膜貫通領域が1箇所だけあり、DNAリン酸基結合部分は細胞膜外に存在することがわかりました。またよくよくアミノ酸配列を調べたら、膜外部分にDNAを切断する酵素の活性部位に現れるアミノ酸配列パターンとよく似た配列パターンを2個見つけることができました。細胞膜外にDNA切断ドメインとDNAリン酸基結合部位をもつ膜タンパク質があるのは、すごく妙に感じていましたら、シアノバクテリアは外来DNAを取り込んで自分のゲノムの中に取り込む機構(形質転換機構)があるので、あっこれだと思いました。シアノバクテリアの形質転換の分子機構はよくわかっていませんでしたので、この遺伝子産物が外来DNAを捕まえる一番最初のタンパク質であろうと推定しました。その後このタンパク質を破壊したシアノバクテリアを分子生物学者に作ってもらい、形質転換能を測定したところ、形質転換ができなくなっていることがわかりました

 成功例ばかりではありません。トウモロコシの葉緑体ゲノムにはたくさんの遺伝子があります。それらのうちのひとつの遺伝子が持っているイントロンの中に、新しい遺伝子が見つかり、ちゃんとタンパク質を産出していることがわかりました。このタンパク質(IRF170)が何をしているのかがまったくわかっていませんでした。このタンパク質のアミノ酸配列をコンピュータと研究者の目を使って見ていったところ、どうも真核生物の細胞分化に転写制御因子に似ていることがわかってきました。このアミノ酸配列が転写制御因子の立体構造をとりそうであることも確かめました。葉緑体はもともとは、プレプラスチドとよばれる前駆体から分化して葉緑体になります。プレプラスチドは、葉緑体以外の細胞内小器官にも分化します。ですのでIRF170もプレプラスチドの分化に関与する遺伝子であろうと予測しました。今のところ、この予測を支持する実験結果は得られていません。逆に否定的な実験結果は得られています。この予測は間違えていたのかもしれません。ただ、これからの研究でIRF170がプレプラスチド分化に関与しているという結果が得られる可能性は、まだ残っています。

 現在実験的な検証が続けられている例としては、先の放射線抵抗性細菌の謎に挑んでいる研究があります。ゲノム塩基配列にどのように遺伝子が並んでいるかをよく調べると、どの遺伝子とどの遺伝子が同時に利用されているかがわかる場合があります。放射線抵抗性に関与することがすでにわかっている遺伝子と、同時に発現する遺伝子を調べあげたところ、いくつかの遺伝子は放射線抵抗性に関係していることがすでに明らかになっていました。同時に機能がまったくわかってないタンパク質もいくつかあがってきました。これらの中には放射線抵抗性に関与する新しいタンパク質があるに違いありません。それらのタンパク質の立体構造を予測すると、亜鉛イオンと相互作用することがわかったり、アセチル基を転移する酵素らしいことがわかってきました。これらのタンパク質が本当に放射線抵抗性に関係あるかどうかは、現在それらの遺伝子を破壊した株をつくって調べています。どうやらこれらのタンパク質は放射線抵抗性に関与している様子です。

 予測を実験的に確かめることで、予測が成功していればうれしいわけですが、予測が間違えていたときには、その予測方法を改良する絶好のチャンスです。予測の手続きのどこかに間違いがあったから予測が間違えたはずですから、どこに間違いがあったのかを突き止め、次の予測に挑戦すれば、今度こそはうまく予測できるでしょう。ゲノム機能予測は、時間がかかる研究です。


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