DNA紫外線損傷を修復するDNAフォトリアーゼはどのように機能するか?
生物が紫外線に弱い理由の一つは、紫外線があたるとDNAに傷がつくことでDNAに書かれている情報が書き換わってしまい、いつもとは異なるタンパク質が合成されて、細胞に悪さをするからです。地球上ではある程度の紫外線は、いつも降り注いでいるので、DNAは常に書き換わってしまう危険と隣り合わせにあります。それでも普段は特に問題なく生物が日なたで活動しているのは、書き換わってしまったDNAをもとに戻す仕組みがあるからです。
DNAフォトリアーゼは紫外線によるDNAの損傷を修復するタンパク質です。紫外線が、チミンが2個連続しているDNA部分にあたると、2個のチミンが化学的に結合してしまいチミンダイマーに変わってしまいます。チミンダイマーになると、DNAに書き込まれている情報が変わってしまいます。おもしろいことにDNAフォトリアーゼは紫外線を浴びると、DNAのチミンダイマーをもとの2個のチミンに戻すことができるようになります。紫外線がDNAに傷をつけ、同じ紫外線でDNAフォトリアーゼはDNAの傷を治すことができるようになります。
DNAフォトリアーゼはいろいろな低分子と結合しており、その低分子が紫外線を浴びることで電子を発生させ、その電子がチミンダイマーに流れることで、チミンダイマーが2個のチミンに戻ります。ところが電子がどこを流れるのかはよくわかっていませんでした。1990年代の研究によると、タンパク質は電子の経路とは無関係で、紫外線を受ける低分子から電子が直接チミンダイマーに流れるとされていました。我々の研究グループでは、この研究結果に高精度のコンピュータシミュレーションで再挑戦しました。その結果1990年代の研究結果を確認できたとともに、もう一つ重要な電子経路があることを見いだしました。つまり電子は2つの経路でチミンダイマーに流れていくことがわかりました。我々が見つけた経路はタンパク質の353番目のメチオニンを経由する経路です。
DNAフォトリアーゼは生命情報の維持にとても大切なタンパク質ですから、いろいろな生物が持っています。353番目のメチオニンが電子伝達に重要であることがコンピュータシミュレーションでわかったので、他の生物にあるDNAフォトリアーゼでも353番目のアミノ酸残基はメチオニンに違いありません。そうでないと電子の流れが悪くなり、チミンダイマーを除去することができないはずです。いろいろな生物のゲノムが読み取られていますので、ゲノム情報データベースからDNAフォトリアーゼとおぼしきアミノ酸配列をすべて探し出し、353番目のアミノ酸残基を調べてみると、不思議なことにメチオニンではない場合もありました(図)。
353番目のアミノ酸残基がメチオニンではないDNAフォトリアーゼは、DNAの損傷修復ができるのでしょうか?今までの研究の歴史を文献でこつこつと調べ上げていきますと、これらのDNAフォトリアーゼはDNA損傷を修復する機能がないことが実験的に確かめられていることがわかりました。もう少し正確に言いますと、実験によって機能が調べられているこれらのタンパク質のうち、353番目がメチオニンのタンパク質はすべてDNA損傷修復の機能があり、353番目がメチオニンではないタンパク質は、DNA損傷修復の機能がないことがたしかめられていました。今までの研究は1つ1つのタンパク質をこつこつと調べていただけだったので、このように俯瞰的に調べたのは我々がはじめてです。ところが1個だけ例外がありました。シロガラシのタンパク質では、353番目がメチオニンではないのにDNA損傷修復の機能があると実験的に確かめられていました。我々がこれはおかしいと主張しましたところ、この実験のを否定する実験が発表されていることと、ゲノム情報データベースの記述が間違っていることが後にわかりました。現在ではゲノム情報データベースの記述も訂正されています。
発表論文:
Miyazawa, Y., Nishioka, H., Yura, K., Yamato, T. (2008) Discrimination of class I cyclobutane pyrimidine dimer photolyase from blue light photoreceptors by single methionine residue. Biophysical Journal, 94 (6), 2194-2203.
倭 剛久、西岡宏任、由良 敬 (2009) 理論計算+生命情報学で初めて見出された活性部位の機能性残基 −DNA補修酵素の場合―、 生物物理, 49 (4), 196-197.
紹介記事:
知財カタログ03:ライフサイエンス (2008) The Judicial World, 3, 40-41.