インテグリンは細胞表面でどのようにして構造変化をするか?
インテグリンはヒトをはじめ多くの高等生物の細胞表面に存在するタンパク質で、細胞間接着に関係しています。一番よく知られているのは、血液凝縮の際の働きかもしれません。インテグリンがどのようにして細胞を強固に連結するのかはまだまだ研究途上です。
インテグリン分子が細胞の表面にあって、細胞間接着の仕事をしていない時の形は、X線結晶解析によって明らかにされています。X線結晶解析ですので、インテグリン分子を構成する原子がどこに存在するのかも明らかになっています。インテグリン分子が細胞接着の仕事をしている時の形は、電子顕微鏡単粒子解析によって明らかになっています。このデータは解像度があまりよくなく、大まかな輪郭の構造しかわかっていません。驚くべきことは、両者の構造がずいぶん違っていることです。どうやらインテグリンは仕事を開始する時に形を大きく変える様子です。
それではインテグリン分子はどのようにしてその構造を変化させるのでしょうか?細胞膜内部分に他の分子が接触すると、細胞外部分の構造が変化することは、生化学的に明らかになっていますが、細胞外部分がどのようにして構造を変えるかはわかっていませんでした。そこで我々のグループでコンピュータシミュレーションによって、インテグリンの構造変化の様子を予想することにしました。
インテグリン分子に限らず生体中で活躍するタンパク質は、原子がバネでつながった構造体として近似することができます。原子をボールと見なすとたくさんのボールをバネでつないだ構造物と見なせるわけですから、外から力を与えると、ぶるぶると震えたりボールの位置がずるずるとずれたりする様子が観察できます。インテグリンのこのような構造変化をコンピュータでシミュレーション(ガウシアンネットワークモデルによる基準振動解析)したところ、インテグリン分子の375番目にあるロイシン残基と389番目にあるロイシン残基および633番目にあるアルギニン残基がじゃまをして、分子が構造変化できないことがわかりました。コンピュータ内で仮想的のこれらのアミノ酸残基を分子の他の部分から見えないようにしてしまったところ、図にあるようにインテグリン分子は、獅子舞が首を振るように立ち上がっていくことがわかりました。
3つのアミノ酸残基(ロイシン、ロイシン、アルギニン)がフックのようになって、インテグリン分子の構造変化を止めている様子です。このアミノ酸残基を別のものに変えて、試験管内でインテグリン分子の仕事ぶりを調べたところ、小さなアミノ酸残基に変えるとインテグリンはずっと仕事をし続けるようになります。たぶん折れたたまることがなく、いつも立ち上がった形になっているのだと想像できます。我々のコンピュータシミュレーションは正しそうです。細胞内部分に他の分子が接触するとその接触によって、インテグリン分子の構造にたぶんゆがみが生じ、そのゆがみによって3つのアミノ酸残基の位置がわずかにずらされることで、細胞外部分に立ち上がるのだと、我々は考えています。このモデルが正しいかどうかは、これからの実験による明らかにされていきます。
発表論文:
Matsumoto, A., Kamata, T., Takagi, J., Iwasaki, K., Yura, K. (2008) Key interactions in integrin ectodomain responsible for global conformational change detected by elastic network normal mode analysis. Biophysical Journal, 95 (6), 2895-2908.