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2009年5月17日更新

ナンジャモンジャゴケ葉緑体で起こっている遺伝暗号の動的改変

 植物の細胞には、光合成をつかさどる葉緑体とエネルギーをつくり出すミトコンドリアがあります。葉緑体とミトコンドリアは、もともとは独立に生きていたバクテリアを起源とする細胞内小器官(オルガネラ)です。その証拠のひとつとしてオルガネラは、独自の遺伝子をもっています。オルガネラの遺伝子がRNAに転写され、そのRNAをもとにしてタンパク質が翻訳されて、オルガネラそのものの形の一部となります。細胞の核にあるゲノムDNAからの転写翻訳とまったく同じことが起こっています。

 遺伝子を形作っている塩基3文字ずつが一つのアミノ酸に対応しているので、塩基配列を見るとどのようなアミノ酸の並びから構成されるタンパク質ができあがってくるかがわかります。ところが不思議なことに陸上植物のオルガネラでは、遺伝子からわかるアミノ酸の並びと、実際にできあがったタンパク質のアミノ酸の並びが、しばしば異なっていることが1980年代後半からわかってきました。遺伝子が転写された後に細胞内で積極的にRNAが「編集」されていることがわかってきました(RNAエディティング)。編集はいいかげんに起こっているわけではなく、ちゃんと決められた場所(間違っている場所??)が編集されます。なぜこんな一見無駄なことをしているのでしょうか?RNAでわざわざ編集しなくても、遺伝子を修正しておけばすむことに思えます。また、どうやって編集は行われているのでしょうか?編集はかなり正確に行われている様子です。この謎を解く研究が世界中で進められていますが、どちらも答えはわかってません。

 RNAエディティングは、核からやってくるタンパク質が行っていることがわかってきています。核からやってくるタンパク質が、オルガネラゲノムから転写されたRNAの編集されなければならないシトシン(C)を適確に見分けます。そしてそのシトシンをウリジン(U)に化学的に変えます(デアミネーション反応)。多くの実験の結果、編集するシトシンの前後40塩基程度に何らかの目印があり、タンパク質はその目印を見ていることがわかってきています。

 そこでお茶大由良研は、名大杉田研で決定したナンジャモンジャゴケ葉緑体のDNA塩基配列とRNAエディティング部位の同定結果を頂き、編集されるシトシンの前後40塩基程度にどのような特徴があるかを、ちょっとだけややこしい数学を使って解析しました(シングレット傾向、ダブレット傾向など)。その結果頂いた結果の中には少なくとも9種類の異なる傾向が混ざっていることがわかりました。9種類の傾向から簡単な確率モデルを作りだし、その確率モデルをつかってナンジャモンジャゴケ葉緑体のDNA塩基配列を眺めてみると、実験的には同定されていないRNAエディティング部位を見つけ出すことができました。その部分が本当に編集されるかどうかを名大杉田研で実験的に確かめてもらったところ、多くの場合は実際に編集されていることがわかりました。塩基配列情報だけからある程度の精度でRNAエディティング部位を予測できたのは、世界でも初めてのことです。

 予測はできたのですが、編集の行われ方や起源についてはまだまだ謎だらけです。ナンジャモンジャゴケ葉緑体の編集部位が少なくとも9種類に分類できたのは、編集に関与するタンパク質が少なくとも9種類あるからだろうと考えています。編集部位周辺に何らかの傾向が見えるのは、編集されるときにRNAが複雑な立体的な形を組むからだと考えています。この形はDNAやRNAでよく知られている二重らせん構造よりも、もっと複雑な構造だろうと予想しています。RNAがどのような形をしているのか、そしてタンパク質がどのようにして編集を行っているのかを、計算生物学的にこれからも追いかけます。

発表論文:
Kei Yura, Yuki Miyata, Tomotsugu Arikawa, Masanobu Higuchi, Mamoru Sugita (2008) Characteristics and prediction of RNA editing sites in transcripts of the moss Takakia lepidozioides chloroplast. DNA Research, 15 (5), 309-321.

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